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Vol.0276
【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】 私設の泰緬鉄道記念館と泰緬鉄道の蒸気機関車 (ホームプートイリゾート内)
プートイ村(Ban Pu Toei) (カンチャナブリー県) (タイ)


Vol.0278
【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】 スリーパゴダパス / 国境平和記念堂「星露院」(永瀬隆さんが建立)
スリーパゴダパス (カンチャナブリー県サンクラブリー郡) (タイ)



おいらたち好奇心旺盛なキョロちゃんが、いろいろなところを訪れたクェ!!!


Vol. 0277
【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】
ヘルファイアパス・メモリアル記念館

ロケ地
ヘルファイアパス (カンチャナブリー県) (タイ)

泰緬鉄道建設で一番の難所だった ヘルファイア・パスにやってきたよ。
※ このページは、
Go!Go!キョロちゃん『Vol.249 「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の足跡を訪ねて』
に掲載した写真の中から 「ヘルファイア・パス・メモリアル(Hellfire Pass Memorial)」 に関する写真を抜粋して掲載したものだクェ。




写真をクリックすると拡大写真が現れるクェッ!!!
No.000-01
(参考資料)先日、こんな記事を見つけたクェ。

2013年1月1日11時31分
読売新聞

(原文)

「戦場にかける橋」泰緬鉄道ミャンマーで再生へ

第2次大戦中に旧日本軍がタイからビルマ(現ミャンマー)へ軍事物資を輸送するために建設した泰緬(たいめん)鉄道のルートに、ミャンマー政府が新たに鉄道と幹線道路を建設する計画であることが、明らかになった。

建設に動員された捕虜などが多数犠牲になり、今も「死の鉄道」と呼ばれるが、政府はタイとアンダマン海側を結ぶ「貿易鉄道」として再生し、少数民族地域の経済浮揚を図りたい考えだ。

旧泰緬鉄道のビルマ側は大戦後、大半が少数民族武装勢力の新モン州党(NMSP)やカレン民族同盟(KNU)の支配地域に入り、廃線状態となった。だが、政府が昨年、NMSP、KNUと停戦協定を結んだため、鉄道ルートの活用が可能になった。

和平交渉を担当するアウン・ミン大統領府相によると、鉄道と道路は、鉄道のビルマ側起点だったタンビュザヤから、国境のスリーパゴダパスまでの約100キロ・メートルに建設する。政府は先月中旬、すでにルートの現地調査に着手しており、テイン・セイン大統領は最近、道路建設の調査費計上も認めた。

大統領は、タイ国境沿いに経済特区を数か所建設し、少数民族地域の経済発展を目指す考えで、スリーパゴダパスにも特区を開発する予定だ。

タイ側には、バンコク方面からスリーパゴダパス付近まで幹線道路が延びており、ミャンマー政府は双方の道路を接続させる一方、旧泰緬鉄道のタイ・ナムトクからミャンマー側までの断線区間の整備などもタイ政府と協議し、経済特区の機能性を高めて外資などの工場進出を促す。

モン州の州都モーラミャイン周辺には、貿易港を整備する計画もあり、鉄道と道路が開通すれば、日系工場が集まるタイやベトナム側とインド、欧州方面を結ぶ新たな動脈になる。

資金計画は調査結果を基に検討するが、アウン・ミン大臣は「外国から資金を得たい」と開発援助に期待する一方で、政府単独でも建設を進める方針を示した。
(ミャンマー東部タンビュザヤで 深沢淳一、写真も)

◆泰緬鉄道=旧日本軍が1942年7月~43年10月に建設したタイ・ノンプラドックとビルマ(現ミャンマー)・タンビュザヤを結ぶ415キロ・メートルの鉄道。英国軍の捕虜やアジア人労働者が動員され、過酷な労働や疫病などで7万人以上が犠牲になったとされる。

タイ西部カンチャナブリにある鉄橋は、映画「戦場にかける橋」の舞台となった。現在、鉄道はタイ側の一部で運行されている。

(資料)


写真をクリックすると拡大写真が現れるクェッ!!!
No.000-02
(参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(1)

(資料)


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No.000-03
(参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(2)

(資料)


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No.000-04
(参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(3)

(資料)


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No.000-05
(参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(4)

(資料)

No.001
では、次はホームプートイから西(サンクラブリー方面)に約3Km行ったところにある「ヘルファイア・パス・メモリアル」へ向かうクェ。
のどかな田舎道をバイクで走り中!。

※ このページは、Go!Go!キョロちゃん『Vol.249 「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の足跡を訪ねて』に掲載した写真の中から 「ヘルファイア・パス・メモリアル(Hellfire Pass Memorial)」 に関する写真を抜粋して掲載したものだクェ。

(タイ・カンチャナブリ)

  • Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.249) 「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の足跡を訪ねて


  • Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.250) タイの日本人墓地・慰霊碑・納骨堂・お寺などを訪ねて


  • Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.281) 泰緬鉄道で使われていた蒸気機関車たち




  • No.002
    たくさんの牛さん・・・

    (タイ・カンチャナブリ)

    No.003
    これは・・・本物ではないクェ。念のため・・・。

    (タイ・カンチャナブリ)

    No.004
    ヘルファイア・パス(HellFire Pass)は左へって書いてあるね。

    (タイ・カンチャナブリ)

    No.005
    あそこが入口だね。

    (タイ・カンチャナブリ)

    No.006
    お~、ここはタイの軍隊の施設のようだね。ヘルファイア・パス・メモリアル博物館はこの敷地内にあるようだね。
    門番に「博物館に行きたいクェ!」といえば通してくれるクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

  • ヘルファイア・パス・メモリアル




  • No.007
    タイ軍隊のモニュメント。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.008
    ヘルファイア・パス・メモリアル(Hellfire Pass Memorial)はあっちのようだね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.009
    ヘルファイア・パス・メモリアル(Hellfire Pass Memorial)博物館の建物。
    ちなみに、ヘルファイア・パス(ヘルファイア峠)とは、泰緬鉄道建設で最も困難を極めた場所(峠)だクェ。岩山を崩しての作業は、暑さと湿度とマラリアなどの病気などのためにかなり過酷な労働条件だったとのことだクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.010
    ヘルファイア・パス・記念博物館に入ってみるクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.011
    ヘルファイア・パス・記念博物館の案内板。ちなみに入場料は無料だクェ。オーストラリアの財団の寄付によって運営されているクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.012
    博物館入口に入ったところに書かれたメッセージ。

    This museum is dedicated to all the men and women who suffered and died while working on the construction of the Burma-Thailand railway during the Second World War

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.013
    a life for every sleeper

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.014
    たくさんの展示物があるクェね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.015
    泰緬鉄道の歴史が書かれているね。
    これは「1941 Japan Attacks!」(1941年 日本の攻撃!)

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.016
    「Speedo」(スピード)。
    泰緬鉄道の建設を急ぐ日本軍は、労働者たちに対して頻繁に言っていた言葉とのことだクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.017
    泰緬鉄道の路線図

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)


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    No.018
    労働者に対しての給料についての記述だクェ。

    ※写真をクリックすると拡大写真が見れるクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.019
    労働者に対して渡していた給料の紙幣、いわゆる軍票だクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.020
    1セントの軍票

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.021
    1ドルの軍票

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.022
    5ドルの軍票

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.023
    10ドルの軍票。これはバナナの絵が描かれているので当時、現地では「バナナマネー」と呼ばれてたクェ。
    もちろんこれらの軍票は、終戦後は無価値の紙くずになったクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.024
    労働者の蝋人形

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.025
    当時の労働者の写真。みんな肋骨が見えるほどやせ細ってるクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.026
    これは多くの観光客が訪れるあの有名な「アルヒル桟道橋」の当時の写真だクェ。あとでおいらもここに行く予定だクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.027
    これは、泰緬鉄道建設で最も困難だった場所、ヘルファイア・パス(ヘルファイア峠)の写真かな? 
    ではこれから、このヘルファイア・パス(ヘルファイア峠)に行ってみるクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.028
    モニュメント発見!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.029
    ここはかなり山奥だね!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.030
    あの階段を下りてヘルファイアー・パスに行くクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.031
    きれいに整備されているね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.032
    竹林

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.033
    歩道がきれいに整備されているので快適!快適!!!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.034
    ここにかつて線路が敷設されていたようだね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.035
    枕木の残骸。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.036
    枕木の上で記念撮影。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.037
    この先まだまだ続くようだね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.038
    どんどん歩いていく・・・。線路で使われた砂利石だね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.039
    ここにも枕木・・・

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.040
    この樹はすごいクェね!横に伸びてる・・・。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.041
    線路の残骸だ!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.042
    線路の残骸の上で記念撮影!!!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.043
    メッセージが書かれているね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.044
    メッセージ

    These rails and sleepers are from the official railway and were relaid in Konyu Cutting in April 1989 by the men of C Company 3rd Battalion Royal Australian Regiment. They were relocated to the current position in 2006

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.045
    このあたりがヘルファイアパス(ヘルファイア峠)だね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.046
    岩山を切り崩して線路を敷設したようだね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.047
    大きな樹を発見!!!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.048
    とても静かな場所だクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.049
    実際は写真で見るよりはるかに高い岩山だクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.050
    あそこにあるのは・・・記念碑かな?

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.051
    記念碑だね!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.052
    ご冥福をお祈りいたしますクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.053
    あの岩に説明文が書かれているね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.054
    多くの人が訪れてお花や国旗、十字架などをお供えしているね。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.055
    さっきの記念碑を崖の上から望む。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.056
    お、これは何だろう・・・当時使われていたトロッコかな?

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.057
    線路があっちに続いている・・・

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.058
    ひぇ~、崖から落ちる~ぅぅ

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.059
    下はさっきいたところだクェ。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.060
    お~、かなり高いぞ!

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)

    No.061
    泰緬鉄道が敷設された地域の3D(立体)地図だクェ。これを見ると、かなり高い山々の中を走っているのがわかるクェ。写真では小さくてわかりにくいけど・・・。

    ヘルファイア・パス・メモリアル (タイ・カンチャナブリ)


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    No.000-01
    (参考資料)先日、こんな記事を見つけたクェ。

    2013年1月1日11時31分
    読売新聞

    (原文)

    「戦場にかける橋」泰緬鉄道ミャンマーで再生へ

    第2次大戦中に旧日本軍がタイからビルマ(現ミャンマー)へ軍事物資を輸送するために建設した泰緬(たいめん)鉄道のルートに、ミャンマー政府が新たに鉄道と幹線道路を建設する計画であることが、明らかになった。

    建設に動員された捕虜などが多数犠牲になり、今も「死の鉄道」と呼ばれるが、政府はタイとアンダマン海側を結ぶ「貿易鉄道」として再生し、少数民族地域の経済浮揚を図りたい考えだ。

    旧泰緬鉄道のビルマ側は大戦後、大半が少数民族武装勢力の新モン州党(NMSP)やカレン民族同盟(KNU)の支配地域に入り、廃線状態となった。だが、政府が昨年、NMSP、KNUと停戦協定を結んだため、鉄道ルートの活用が可能になった。

    和平交渉を担当するアウン・ミン大統領府相によると、鉄道と道路は、鉄道のビルマ側起点だったタンビュザヤから、国境のスリーパゴダパスまでの約100キロ・メートルに建設する。政府は先月中旬、すでにルートの現地調査に着手しており、テイン・セイン大統領は最近、道路建設の調査費計上も認めた。

    大統領は、タイ国境沿いに経済特区を数か所建設し、少数民族地域の経済発展を目指す考えで、スリーパゴダパスにも特区を開発する予定だ。

    タイ側には、バンコク方面からスリーパゴダパス付近まで幹線道路が延びており、ミャンマー政府は双方の道路を接続させる一方、旧泰緬鉄道のタイ・ナムトクからミャンマー側までの断線区間の整備などもタイ政府と協議し、経済特区の機能性を高めて外資などの工場進出を促す。

    モン州の州都モーラミャイン周辺には、貿易港を整備する計画もあり、鉄道と道路が開通すれば、日系工場が集まるタイやベトナム側とインド、欧州方面を結ぶ新たな動脈になる。

    資金計画は調査結果を基に検討するが、アウン・ミン大臣は「外国から資金を得たい」と開発援助に期待する一方で、政府単独でも建設を進める方針を示した。
    (ミャンマー東部タンビュザヤで 深沢淳一、写真も)

    ◆泰緬鉄道=旧日本軍が1942年7月~43年10月に建設したタイ・ノンプラドックとビルマ(現ミャンマー)・タンビュザヤを結ぶ415キロ・メートルの鉄道。英国軍の捕虜やアジア人労働者が動員され、過酷な労働や疫病などで7万人以上が犠牲になったとされる。

    タイ西部カンチャナブリにある鉄橋は、映画「戦場にかける橋」の舞台となった。現在、鉄道はタイ側の一部で運行されている。

    (資料)


    写真をクリックすると拡大写真が現れるクェッ!!!
    No.000-02
    (参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(1)

    (資料)


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    No.000-03
    (参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(2)

    (資料)


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    No.000-04
    (参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(3)

    (資料)


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    No.000-05
    (参考資料)博物館で配布されている小冊子「ヘルファイアーパスメモリアル ビルマ・タイ鉄道」(4)

    (資料)


    上記Webページに掲載した各Webサイト(リンク)の一覧だクェッ!!!。

    Link
    Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.249) 「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の足跡を訪ねて
    Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.250) タイの日本人墓地・慰霊碑・納骨堂・お寺などを訪ねて
    Go!Go!キョロちゃん!!! (Vol.281) 泰緬鉄道で使われていた蒸気機関車たち
    ヘルファイア・パス・メモリアル




    Vol.0276
    【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】 私設の泰緬鉄道記念館と泰緬鉄道の蒸気機関車 (ホームプートイリゾート内)
    プートイ村(Ban Pu Toei) (カンチャナブリー県) (タイ)


    Vol.0277
    【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】 ヘルファイアパス・メモリアル記念館
    ヘルファイアパス (カンチャナブリー県) (タイ)


    Vol.0278
    【泰緬鉄道の史跡・足跡を訪ねて】 スリーパゴダパス / 国境平和記念堂「星露院」(永瀬隆さんが建立)
    スリーパゴダパス (カンチャナブリー県サンクラブリー郡) (タイ)


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