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Vol.0862
銅閣寺は存在する!大雲院・銅閣寺
京都市


Vol.0864
世界一小さな浮世絵博物館(浮世美術館) 市村一房堂
京都市



おいらたち好奇心旺盛なキョロちゃんが、いろいろなところを訪れたクェ!!!


Vol. 0863
京都霊山護国神社と坂本龍馬・中岡慎太郎などのお墓
祖国日本のために散華した英霊を祀る
ロケ地
京都市




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No.001
ここは、京都にある京都霊山護国神社への参道だクェ。
これから京都霊山護国神社に向かうクェね。
この京都霊山護国神社には、太平洋戦争で祖国日本のために犠牲になられた方々の慰霊碑があるクェ。
また、幕末・明治維新の志士たち(坂本龍馬、中岡慎太郎など)のお墓もあるクェ。これからそれらを訪れるクェね。

あそこにいろいな立て看板があるね。「龍馬祭」と書かれたのもあるクェ。


※(ご参考)
これまでに日本や世界各地の日本人墓地、慰霊碑、神社跡、史跡などを訪れた時の様子は、下記リンクを参照してクェ。

京都霊山護国神社 (京都)

  • 京都霊山護国神社の公式HP


  • Go!Go!キョロちゃん (Vol.M-011) 日本や世界各地の日本人墓地・慰霊碑・日本人町跡・歴史遺構など まとめページ (メニューページ)





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    No.002
    大きな石灯籠だね。その石灯籠に立てかけられている立て看板に
    「史跡 坂本龍馬先生之墓」って書いてあるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.003
    先に進んで行くと、大きな鳥居が見えてきたクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.004
    大鳥居を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.005
    大鳥居の前に大きな石柱があるクェ。
    「京都霊山護国神社」って刻まれているね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.006
    大きな狛犬さんもいるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.007
    この大きな京都霊山護国神社の石柱をバックに、記念写真を撮っておこっと。

    ハイ、チ~、クェッ!

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.008
    京都霊山護国神社の地図。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.009
    「幕末維新ミュージアム 霊山歴史館」というのがあるようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.010
    坂本龍馬発見!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.011
    坂道を上っていく。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.012
    あそこに、大きな仏さま!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.013
    歴史を感じさせる石柱や石碑。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.014
    近くで見てみる。

    「贈従一位 木戸孝允卿墓 勅碑」

    「此の上に勤皇志士の墳墓あり」

    「梅田雲濱先生碑」

    「天誅組義士墓」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.015
    石灯籠がたくさん並んでいるクェね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.016
    あそこに石碑があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.017
    近づいて見る。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.018
    「維新の道」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.019
    「維新の道」石碑についての説明板だクェ。

    (以下、説明板より)

    「維新の道」石碑

    ISHIN-NO-MICHI Area., commemorating the people, playing a role in the Meiji Restration, foundation of the modern Japan.

    慶応4年(明治元年1868)5月10日の太政官布告により、一身を国事に捧げた維新の志士等を祀るため、わが国初の官祭招魂社(現・京都霊山護國神社)がここ霊山の地に創建されました。

    そして明治9年(1876)以降、大政奉還の記念日である10月14日に大祭が行われていましたが、第二次世界大戦後にはそれが途絶え、あたりは荒廃したままになっていました。

    明治百年にあたる昭和43年(1968)、有志によって発足した霊山顕彰会(りょうぜんけんしょうかい)(現・財団法人)の手で付近一帯が再整備され、昭和45年(1970)10月14日を期して、この付近が維新変革の原点と現代を結ぶ精神の道として、「維新の道」と称されるに至りました。石碑の字は、霊山顕彰会初代会長の松下幸之助の揮毫によるものです。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.020
    坂道を上って行く。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.021
    右手に大きな建物が見えてきたクェ。「幕末維新ミュージアム 霊山歴史館」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.022
    あそこに看板があるね。

    パール博士顕彰碑
    昭和の杜
    坂本龍馬・中岡慎太郎の墓

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.023
    「京都霊山 護国神社 ・ 昭和の杜」

    この「昭和の杜」は、国のために戦って犠牲になられた戦没者を祀った慰霊碑だクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.024
    下のプレートを見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    第二十三野戦防疫給水部
    独立歩兵第十一大隊
    騎兵第二十聯隊・捜索聯隊
    歩兵第百二十聯隊
    駆逐艦 長波
    輜重兵第百十六聯隊
    工兵第五十三聯隊
    歩兵第百九聯隊
    第百十六師団衛生隊
    陸軍特別操縦見習士官
    野砲兵第百二十二連隊
    歩兵第百二十八聯隊
    野砲兵第五十三聯隊

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.025
    こっちは「京都霊山護国神社 (京都神社)」の説明板だクェ。

    (以下、碑文のまま)

    京都霊山護国神社 (京都神社)

    当神社は幕末維新に殉じた志士と大東亜戦争にいたる 京都府出身の英霊七万三千十一柱奉祀する

    幕末、各藩が東山三十六峰の中心である、ここ霊山に それぞれの殉職者を祀ったのが当神社の起源で明治元年五月に 大政官布告をもって我国初の官祭招魂社とすべきことが 決められた この布告により各藩は社殿を建設し、同年七月には盛大な祭典が挙行された

    ついで明治十年には皇室より巨費が下賜せられて神域が整備され 全国招魂社のうち、最も崇敬を集めた さらに昭和四年六月には昭和天皇御即位大礼の建物を下賜せられ、現社殿を整備し 昭和十四年に護国神社と改称して現在に及んでいる

    霊山神域内には坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允・平野国臣・宮部鼎蔵をはじめ蛤御門の変・天誅組の義挙等に加わった志士たちの墓三百余墓があり、一三五六柱が合祀されてあり、この地は明治維新を偲ぶ大霊城・史跡である

    京都市

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.026
    あそこにもプレートがあるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.027
    「パール博士顕彰碑」

    (以下、碑文のまま)

    ラダ・ビノード・パール博士はインドの署名な国際法学者。
    1946~48年極東国際軍事裁判のインド代表判事。
    博士は連合国側の判事でありながら、この裁判の違法性を証明し日本側被告全員の無罪を判決しました。
    博士の正論と勇気ある平和への叫びかけは日本とインドの友好と親善の礎となっています。

    -インド独立50周年記念 1997年11月20日竣工-

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.028
    「極東国際軍事裁判インド判事 ラダ・ビノード・パール博士顕彰碑案内図」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.029
    ラダ・ビノード・パール博士

    1946年から48年にかけて東京・市ヶ谷で開廷された極東国際軍事裁判にて、連合国側の判事でありながら、ただ一人、被告全員の無罪を唱えたインド代表判事

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.030
    「龍馬演舞場」の説明板。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.031
    神社へ参拝する前に、手水場で、手口をお浄めするクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.032
    神社に入ってきたクェ。あれが本殿だね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.033
    本殿に近づいて行く。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.034
    大きな狛犬さん。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.035
    京都霊山護国神社の本殿をバックに、記念写真を撮っておこっと。

    ハイ、チ~、クェッ!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.036
    縦にしてもう一枚、

    ハイ、チ~、クェッ!

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.037
    ここに「京都霊山護国神社 」の説明板があるね。

    (以下、説明文のまま)

    京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくしんじゃ)

    当神社は、幕末、維新に殉じた志士と、それ以降、大東亜戦争に至る京都府出身の英霊七万三千十一柱を奉祀する。

    幕末、各藩が東山三十六峰の中心であるここ霊山に、それぞれ殉職者を祀ったのが当神社の起源で、明治元年(一八六八)五月に、大政官布告をもって我が国初の官祭招魂社(かんさいしょうこんしゃ)とすべきことが定められた。この布告により各藩は社殿を建設し、同年七月には盛大な祭典が挙行された

    明治十年(一八七八)には皇室より巨費が下賜されて神域が整備され、全国招魂社のうち最も崇敬を集めた。更に、昭和四年(一九二九)六月には、昭和天皇御即位大礼の建物を下賜され、現社殿を整備し 昭和十四年(一九三九)に護国神社と改称して現在に及んでいる。

    霊山神域内には、坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允(たかよし)(桂小五郎)・平野国臣(くになみ)・宮部鼎蔵(ていぞう)をはじめ蛤御門の変・天誅(てんちゅう)組の義挙等に加わった志士たちの墓三百余墓があり、一三五六柱が合祀されてており、この地は明治維新を偲ぶ(しのぶ)大霊城・史跡である

    京都市

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.038
    坂本龍馬の写真!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.039
    おみくじ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.040
    きれいなお花が咲いているクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.041
    きれいだクェね!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.042
    あそこに国旗と千羽鶴、石碑があるね。見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.043
    千羽鶴。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.044
    「鎮魂の塔」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.045
    「忠」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.046
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    大東亜戦争終戦六十年を迎える本年、昭和十二年支那事変以降、大東亜戦争に出征し、祖国日本の安寧を願い我身を賭して、今日の平和の礎となられた 京都府出身英霊の大偉業を子々孫々に伝えんがため 京都府遺族会婦人部一同 力を合わせ此の碑を建立す

    平成十七年四月二十八日
    京都府遺族会婦人部

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.047
    碑の土台の部分の4面に銀色のプレートが埋め込まれているね。このプレートには、
    犠牲になられたたくさんの方々の名前が刻まれているクェ。

    前面のプレートを見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.048
    右面のプレートを見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.049
    後ろ面のプレートを見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.050
    左面のプレートを見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.051
    あっちにもたくさん石碑があるクェ。行ってみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.052
    まずは、この石碑を見てみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.053
    「星光萬年」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.054
    隣りに建っている碑文を見てみる。

    (以下、碑に刻まれた文字のまま)

    野砲兵第五十三聯隊は昭和十八年十二月 伏見駐屯地を出発 インパール作戦酷なるビルマ戦線に急派され爾後の各作戦に参加し赫々たる戦歴を記したるもその間一千余名の戦友と砲門馬匹の殆どを喪う

    今茲に生存者相集い碑を建立し等しく勇戦敢闘したる往事を回顧し若くして護国の神となれる戦友の冥福を祈ると共に諸霊の偉勲を称え聯隊の武勲を永久に顕彰するものなり

    昭和四十五年十一月二十二日
    ビルマ派遣軍第五十三師団
    野砲兵第五十三聯隊 戦友一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.055
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.056
    石碑の裏面を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    昭和四十五年十一月二十二日建之
    野砲兵第五十三聯隊 戦友一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.057
    あっちにもたくさん石碑・慰霊碑があるクェ。見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.058
    この慰霊碑を見てみる。

    「あゝ特攻」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.059
    近くで見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.060


    (以下、碑文のまま)

    私たちは決してあなたたちを忘れない

    あゝ特攻

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.061
    隣りに建っている碑文を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    あゝ特攻勇士之碑

    昭和二十年八月十五日の終戦の日から月日は経過してきた

    この間、我が国は国民のたゆまぬ努力により、幾多の苦難を乗り越えて世界が驚異の目を向けるまでの復興を成し遂げ、今や世界有数の経済大国として、揺るぎない地位を築き、平和と繁栄を謳歌するまでに至った

    しかし、この平和と繁栄は、先の大戦における数百万人もの戦死・戦傷病者をはじめ、幾多の国民の犠牲の上に立っていることを忘れてはならない

    とりわけ、大東亜戦争末期において、日に日に厳しくなる戦局の好転を期し愛する家族の待つ祖国の悠久の平和と最後の勝利を信じ、その礎たらんと二十歳前後の若者たちが一機一艇で敵艦に体当りする歴史に例のない必死の特別攻撃の任に就き、遠く南海の空や海に散華した

    彼等の崇高なる精神と遺徳は、永く後世に伝えられるべきものである

    その雄姿をここに建立し、慰霊の誠を捧げるものである

    彼らが身命を代えて守ろうとしたものは何か、この像は今を生きる私たちに問いかけている

    平成二十四年四月二十八日
    昭和の杜友の会 会長
    京都府議会議員
    植田 喜裕

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.062
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.063
    後ろ側を見てみる。プレートが埋め込まれているね。見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.064


    (以下、碑文のまま)

    (公財)特攻隊戦歿者慰霊顕彰会
    日本人の心を伝える会

    碑文・揮毫  吉田 學
    慰霊碑像デザイン 塚本 哲

    平成24年4月

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.065
    あっちの慰霊碑も見てみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.066
    この慰霊碑を見てみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.067
    (以下、碑文のまま)

    慰霊

    騎兵第20聯隊
    騎兵第120大隊
    捜索第16聯隊
    捜索第53聯隊

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.068
    後ろ側の碑文を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    是れ騎兵第二十聨隊出身各部隊並に師團衛兵騎兵戦没者慰霊の碑なり。 抑も騎兵第二十聨隊は明治三十八年姫路に於いて編成され直に日露戦争に参加し、 以後京都深草に移設、深草桃山長池饗庭野青野ヶ原各演習場にて訓練を重ね、 シベリヤ出兵満州事變を經て昭和十二年に支那事變起るや北支に出撃し、 更に徐州南京武漢の作戦攻略に赫々たる戦果を収めたり。同十三年騎兵第百二十大隊(嵐)は中支に、 同十六年太平洋戦争に當り捜索第十六聨隊(垣)はフイリッピン方面に進攻し、同十八年捜索第五十三聨隊(安)は ビルマ方面へと、各々幾多辛酸を嘗め、縦横兵馬の任を完うし、武勲枚挙擧に遑なし。 但その間尊き犠牲も亦少なからず、實に九百有餘柱に及ぶ。今生存する我等、相寄り相偲び、 永く偉烈を讃へ、静かに冥福を祈り、茲に此碑を建つるものなり。

    昭和四十九年十一月
    慰霊碑建設有志一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.069
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.070
    あっちの慰霊碑も見てみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.071
    まずはこの碑を見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.072
    近づいて見る。(以下、碑文のまま)

    顕彰

    元野砲兵第百二十二聯隊戦友一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.073
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.074
    後ろ側を見てみる。碑文があるね。見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.075


    (以下、碑文のまま)

    聯隊は昭和十三年五月京都伏見で編成され直ちに大陸に渡り 池州 安慶 常徳 湘桂 宝慶 湘西等の作戦に参加し昭和二十一年七月帰還
    編成を解かれる迄よく困難を克服し師団砲兵の責務を遂行したこの間武運拙なくして大陸に散華した幾多の友の鎮魂の為戦後三十年茲に生存者相計り護国の礎となられた英霊の勲功と聯隊の遺業を後世に留める為一基を建立し 併せて悠久の平和を祈念するするものである

    願わくば在天の英霊安らかに鎮まり給え

    昭和五十年年三月九日
    元野砲兵第百二十二聯隊戦友一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.076
    隣りに建っている碑を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.077
    (以下、碑文のまま)

    愛馬の碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.078
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    昭和五十九年四月八日
    砲声万里利行記念

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.079
    こっちの碑を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.080
    陸軍特別操縦見習士官之碑

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.081
    陸軍特別操縦見習士官之碑

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.082
    内閣総理大臣 佐藤栄作 書

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.083
    碑文を見てみるクェ。

    (以下、碑文のまま)

    第二次世界大戦が転機を迎えた昭和十八年、日本の戦況は急に悪化し、存亡をかけた総力戦となる。この年十月、二千五百余の若人は学業をなげうち陸軍特別操縦見習士官として祖国の危機に立ち上った。二期、三期、四期と続く。ペンを操縦桿にかえた学鷲は懐疑思索を超え、肉親、友への愛情を断ち、ひたすら民族の栄光と世界の平和をめざして、死中に生を求めようとした。

    悪条件のもと夜を日についだ猛訓練を行ない学鷲は遠く大陸、赤道をこえて雄飛し、あまたの戦友は空中戦に斃れ、また特攻の主力となって自爆、沖縄、本土の護りに殉じたのであった。無名の栄誉は歴史に刻まれたが、愛惜と悲しみは尽きない。

    平和は血と涙により築かれた。われらは心から祖国を愛し、平和を願う。ここに兄等の栄誉を讃え、その霊を慰むるとともに、特操の果たした役割を永く後世に伝えんとするものである。

    昭和四十六年三月二十一日建之
    特操会

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.084
    ラバウルの石

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.085
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.086
    後ろ側を見てみる。たくさんの戦没者の名前が刻まれているクェ。

    「陸軍特別操縦見習士官戦歿者銘碑」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.087
    あっちにも、たくさんの碑が並んでいるね。行ってみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.088
    たくさんの石碑が建っているクェ。左の石碑から順番に見てみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.089
    第百十六師団衛生隊顕彰碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.090
    右側を見てみる。


    中支派遣嵐第六二二九部隊

    三重県四日市市
    山本仙吉

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.091
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    我が部隊は 昭和十三年五月 京都において編成され直ちに大陸の戦線に派遣されるや華中 華南の幾多の戦闘に参加し 昭和二十一年七月帰還 その編成を解かれるまで八年有余の間或は一線戦傷病兵の救出収容に 或は地域の警備 医療に盡して克くその責務を完うした

    この間二百有余の戦友 百余の軍馬 護国の礎石として彼の地に散る いまや時移り 四半世紀にして新生日本の隆昌を見る

    茲に生ある者相集いて往時を偲び 部隊の戦績と亡き戦友の慰霊のため この碑を建て顕彰の記念とし 併せて祖国の栄光と平和を祈る

    昭和四十六年四月吉日
    第百十六師団衛生隊戦友一同

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.092
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.093
    中国 安慶の石

    昭和56年4月採取
    第116師団衛生隊
    安慶友好促進訪中団

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.094
    嵐第六二二七部隊 輜重兵第百十六聯隊顕彰之碑

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.095
    桜。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.096
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    聯隊は、昭和十三年五月京都深草で編成された輸送部隊である 民族や肉親へのひたぶるな愛情に燃えた兵士たちは もの言わぬ軍馬の献身に支えられて七年間の悲惨な戦いに耐えた 長江の流れ アラカンの山 はるか遠い異境の地で 血と泥の戦場に散ったわが友よ 再び帰らぬ愛馬よ きょう生けるものの真心をもって  深く諸英霊の鎮魂を祈り 戦友愛の象徴としてこの碑を建て ここに永遠の平和を誓う

    昭和四十六年七月
    嵐輜会建之

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.097
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.098
    ビルマ方面派遣安 工兵第五十三聯隊顕彰碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.099
    狛犬さん

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.100
    後ろ側を見てみる。上に碑文、下に銅版が埋め込まれているね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.101


    (以下、碑文のまま)

    昭和十八年十二月、京都桃山の屯営に於て動員完結九百十四名の精鋭は風雲急なる南方への壮途についた。ビルマ到着直ちにインパールミツチナ沿線の作戦に参加、其の後北部中部のビルマの各地に勇戦奮闘、工兵の本領を発揮して輝しい戦歴を残した。然しながら 雨季の泥寧と乾季の灼熱に加え悪疫瘴癘の戦場に於て長期激戦の為六百二十余名の戦友が護國の神と化した。復員二十五年目の今日 生存者相集い 往時を偲び異郷ビルマに神鎮まる戦友の霊を慰め 武勲を永く伝えるためこの碑を建て併せて祖國の隆昌と平和を心から祈念する

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.102
    下の銅板を見てみる。

    「寄進者名簿 昭和四十七年八月二十日 献碑除幕」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.103
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.104
    鎮魂

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.105


    (以下、碑文のまま)

    歩兵第百二十聯隊は昭和十三年五月福知山に於いて編成 中支戦線に出陣、武漢を攻略の後、安慶周辺の作戦警備に任じ、十七年長駆浙?に戦ひ、健脚勇猛の名を挙ぐ。十八年秋武漢より進撃、常徳を攻略、翌十九年長沙より衝陽、宝慶、?江に転戦、広野を駆せ峻嶮を?ぢ 苛烈なる苦闘の末、二十年八月十五日の終戦を迎ふ。此の間遠き異境の荒野に、銃火に斃れ、瘴癘に死したる戦友、実に四千有余柱の多きに数ふ。

    爾来四十年、亡き戦友への追慕の情、切々としてやまず。生存者有志に浄財を募り、この聖域に一碑を建立し、祖国の平和と繁栄の礎となられし偉勲を顕彰し、その霊を慰めんとす。在天の英霊安らかに眠らせ給へ。

    昭和六十年四月吉辰
    嵐歩兵第百二十聯隊生存者有志

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.106
    後ろ側を見てみる。碑の中に何かを入れるためのステンレス製のふたが付いているね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.107
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.108
    第二十三野戦防疫給水部 戦歿者慰霊碑

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.109
    桜。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.110
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    茲ニ大東亜戦争ニ参加シタル第二十三野戰防疫給水部ノ隊員 ニューギニア野上軍医少佐以下一三八名パラオ河原軍医中尉以下二六名ノ 戦歿及ビ内地帰還後死亡サレタ高渕軍医少尉以下二六名ノ英霊ヲ合祀シ永遠ニソノ功績ヲ称エマス

    元部隊長陸軍々医大佐 従五位 勳三等 西村盛暢
    昭和四十五年六月
    第二十三野戦防疫給水部生存者一同建之

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.111
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.112
    石部隊独立歩兵第十一大隊 北支沖縄戦歿勇士慰霊碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.113
    碑文を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    部隊は昭和十三年二月北支、天津に於て編成され山西省昔陽県に駐屯し、山西河南河北の各省に亘り大行山系の各作戦亦中原会戦に赫々たる戦果を挙げ太平洋戦争となるや部隊は 昭和十九年沖縄に転戦米軍上陸と共にこれを迎え撃ち激戦の末部隊は突撃を敢行全員玉砕す
    茲に生存者が相集り今は亡き戦友の霊に対して心から其の栄誉を讃え偉功を永久に伝えるため慰霊碑を建立せり

    此の碑の下には沖縄の激戦地の石を持ち帰り奉祀す

    昔陽会

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.114
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    昭和十三年二月十日 部隊編成於北支天津
    昭和二十年六月二十日 沖縄南部に於て玉砕

    昭和四十五年一月
    昔陽会建之

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.115
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.116
    歩兵第百九聯隊顕彰之碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.117
    碑文を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    湘西作戦にて戦友
    八百余名が戦没せる
    鬼哭啾啾の地
    望郷山・?江の石

    昭和六十三年五月十三日
    一〇九会 第六次訪中慰霊団

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.118
    ナナメから見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.119
    右側を見てみる。

    中支派遣嵐第六二一三部隊

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.120
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    我が聯隊は昭和十三年五月伏見に於いて編成され 爾来7年有半 中支の昿野に転戦し 揚子江沿岸地域に於ける作戦警備 常徳作戦 湘桂作戦 ?江作戦等に参加 大東亜戦史に赫々たる戦歴を記した
    此の間三千有余名の戦友を失う 今茲に生存者相集いて碑を建立し等しく軍旗の下勇戦奮闘した往時を回顧し 亡き戦友の霊を慰めると共に光輝ある我が聯隊の武勲を永久に顕彰するものである

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.121
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.122
    御宸筆 歩兵第百九聯隊軍旗 奉納の地

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.123
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    昭和三十九年四月
    第三中隊 神田是空外 生存者一同 建之

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.124
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.125
    歩兵第百二十八聯隊顕彰之

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.126
    碑文を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    ビルマに散華した戦友よ安らかに

    ここに生存せる戦友が不滅の偉勲を偲び私たちのビルマ戦記を綴り2953柱の英霊名簿と共に碑に鎮めて永遠にその戦歴を留む

    安第53師団歩兵第128聯隊
    昭和五十五年四月
    ビルマ会

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.127
    後ろ側を見てみる。

    (以下、碑文のまま)

    第五十三師団歩兵第百二十八聯隊は 昭和十六年十一月京都にて編成され 同十八年十二月大東亜戦ビルマ作戦に出動 英印軍 悪疫傷病と激闘??有半 精鋭四六四一名の内二七二〇名相次ぎ護国の神と化し 残存者も生ける屍の如き悲劇を以って終戦に至る 茲に有志相寄り此の霊域に聯隊顕彰の碑を??し ビルマの山野に散華せし友の霊を安め 且つ我等の思い出の資とし ??て永久の平和を祈願するものである 以って護国の神よ瞑せよ

    昭和四十四年三月九日 建之
    元ビルマ派遣軍歩兵第百二十八聯隊有志

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.128
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.129
    これは何だろう・・・。機関銃やヘルメットがあるね。あのパネルの地図は、ビルマ(現ミャンマー)のようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.130
    パネルにズーム。


    平成19年慰霊巡拝の石
    (1)ミートキーナ
    (2)720橋梁
    (3)トンポンカ
    (4)モガウン
    (5)ナムクイン
    (6)ホーピン(7)カド
    (8)モーハン
    (9)ナンシャン
    (10)モール
    (11)ナバ
    (12)マンダレー
    (13)サガイン


    128ビルマ会慰霊碑「鎮魂」
    モーハン

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.131
    機関銃とヘルメットがあるね。その下の土台石に文字が刻まれているね。

    「昭和50年2月24日
    ビルマ国戦跡ヨリ帰還ス」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.132
    その下に石が並んでいるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.133
    「平成19年慰霊巡拝の石」って文字が刻まれ、13この石に番号が振ってあるね。
    この番号はさっきのパネルの地図の番号と対応しているようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.134
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.135
    パネルの後ろ側に説明文が書いてあるね。見てみよう。

    (以下、説明板のまま)

    顕彰碑護持改修趣意書

    戦後二十四年目の昭和四十四年三月、ここ京都霊山護国神社の聖地に「歩兵第百二十八聯隊顕彰之碑」を建立し、更に六年後の昭和五十年に戦地ビルマ(現ミャンマー)から苦心惨憺の末持ち帰った機関銃を併設されました。この間の戦友の皆さんのご尽力には並々ならぬものがありました。

    戦後六十二年目の今日、櫛の歯が抜けるように旅立たれる戦友の皆さん。その皆さんの顕彰碑への思いと、黙って佇む戦争の証人を護持し、後世に残し伝えていくのは遺族の責務であります。

    また、昭和五十年から始まったビルマへの慰霊巡拝行も、今年平成十九年で、二十有余回を数えました。このたびの慰霊巡拝各地から持ち帰った石をこの整地にお収めします。更にミャンマー(旧ビルマ)の略図を記し、広く一般参詣者の皆さんにも伝承する者出ります。

    平成十九年五月八日
    発起人 一二八ビルマ会

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.136
    これまで見てきた慰霊碑を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.137
    後ろ側を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.138
    あっちに見えるのは本殿だクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.139
    ではこれから、霊園に入って行くクェ。霊園への入口は、あの建物にあるようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.140
    霊園の入口。
    拝墓料を支払って入るクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.141
    「坂本龍馬・中岡慎太郎 之墓は右方面」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.142
    坂道を上って行く。
    本堂や慰霊碑が見えるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.143
    霊園の地図。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.144
    地図の左側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.145
    地図の右側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.146
    「桂小五郎は 後の木戸孝允です」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.147
    階段を登って行く。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.148
    あの先に大きな碑が見えてきたクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.149
    近づいて行く。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.150
    ここに石柱があるね。
    「木戸公墓在此上一丁」

    木戸孝允のお墓のことかな?
    ところで、一丁って何メートルくらいなんだろう・・・。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.151
    大きな碑にたどり着いたクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.152
    近くで見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.153
    碑の上を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.154
    碑の右側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.155
    碑の後ろ側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.156
    碑の左側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.157
    ここに案内板があるね。

    「ご拝観者順路
     坂本龍馬先生之墓
     パール博士顕彰碑」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.158
    あっちに建物が見えるね。あれは「幕末維新ミュージアム 霊山歴史館」だクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.159
    あそこに碑が見えてきたクェ。
    あれは、「パール博士顕彰碑」だクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.160
    こっちの角度から見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.161
    正面から見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.162
    近くで見てみる。
    ん!? おいらこれと同じもの、見たことあるクェ!
    東京の靖国神社へ参拝に行った時、境内にこれと同じような碑があったクェね。

    ※その時の様子は、下記リンクを参照してクェ。パール博士の碑は、下記リンク先HP内の 写真No.078~ に掲載されているクェね。

    京都霊山護国神社 (京都)

  • Go!Go!キョロちゃん (Vol.336) 靖国神社に参拝したよ。ゼロ戦や泰緬鉄道のSLも展示されてるんだね




  • No.163
    写真にズーム。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.164
    背面に埋め込まれているパール博士の遍歴パネル。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.165
    解説文(1)

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.166
    解説文(2)

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.167
    解説文(3)

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.168
    あそこにも碑文が刻まれているね。

    (以下、説明板のまま)

    「極東国際軍事裁判」に於ける
    インド代表パール判事の勧告文より

    時が熱狂と偏見を
    やわらげた暁には
    また理性が虚偽から
    その仮面を剥ぎ取った暁には
    その時こそ正義の女神は
    その秤の平衡を保ちながら
    過去の賞罰の多くに
    そのところを変えることを
    要求するであろう

    一九九七年秋

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.169
    あそこには、英語で碑文が刻まれているクェ。

    (以下、説明板のまま)

    When time shall have softened passion and prejudice, when reason shall have stripped the mask from misrepresentation, then justice, holding evenly her scales, will require much of past censure and praise to change places.

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.170
    碑文にズーム。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.171
    解説文(4)

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.172
    解説文(5)

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.173
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.174
    では、階段を登って行くクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.175
    日本各地の招魂社があるようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.176
    「坂本龍馬・中岡慎太郎 之墓は右方面」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.177
    あそこに池があるね。行ってみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.178
    「大東亜戦争従軍記念之碑」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.179
    後ろ側を見てみる。


    平成九年一月建之
    ビルマ派遣軍野砲兵第五十三聯隊 稲田栄三
    ビルマ派遣軍工兵第五十三聯隊 今西栄三

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.180
    「昭和の杜」って書いてあるね。
    太平洋戦争で犠牲になられた英霊を祀る所のようだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.181
    あそこに何か書いてあるね。ズームで見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.182
    国のため

    いのち捧げし

    ますらおの

    いさを忘るな

    時うつれども

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.183
    昭和の杜の碑を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.184
    あっちに慰霊碑が並んでいるクェ。見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.185
    むこうにもあるね。順番に見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.186
    まずはこの慰霊碑を見てみるクェ。
    両側に石灯籠が建っているね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.187
    軍神乃木将軍母堂 慰霊顕彰碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.188
    碑文を見てみる。

    (以下、説明板のまま)

    明治二十九年十月乃木将軍台湾総督ノ任ニ赴クニ当リ母堂壽子夫人静子行ヲ共ニス幾何モナク母堂病ミテ没シ遺言ニヨリ台北三板橋ノ共同墓地ニ葬ル蓋シ日本人移住者ノ骨ヲ台湾ニ埋ムルモノ之ヲ嚆矢トス大正元年九月明治天皇大葬ノ日将軍夫妻共ニ殉死ス後夫妻ノ遺髪ヲ台北ニ送リ母堂ノ墓側ニ葬リ霊位三基弘法寺ニ安置セラル昭和三十五年中華民国政府ハ北投中和禅寺ニ日本人無縁公墓ヲ築キ乃木家遺骨遺髪及ビ霊位亦禅寺ニ遷サル将軍ノ総督ノ任ニ在ルヤ

    明治天皇ノ聖旨ヲ奉ジテ徳化政策ヲ行フ春風秋雨六十年居民ノ猶ホ将軍ノ仁政ヲ懐ビ常ニ未ッテ香華ヲ供スルモノ多シ昭和四十三年三月日本民主同志会ハ明治百年記念事業トシテ日本精神ノ発揚ヲ念願シ日華両国政府ノ允許ヲ得台湾ニ至リ乃木家遺骨遺髪及ビ霊位ヲ故国ニ奉還シ地ヲ京都霊山護国神社境内ニトシテ合祀シ上ニ此ノ碑ヲ建テ以テ母堂ノ薫陶ヲ称ヘ将軍ノ遺徳ヲ不朽ニ伝ヘ世道人心ヲ裨益スル所アラントス

    撰書
    松本明重
    西田寿山

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.189
    右側には「建立協賛者芳名」が刻まれているクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.190
    後ろ側には「建立委員」の名前が刻まれているね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.191
    左側には「建立協賛者芳名」が刻まれているクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.192
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.193
    こっちの慰霊碑を見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.194
    碑文にズーム。

    (以下、説明板のまま)

    霊山官祭り招魂社 京都霊山護国神社
    物故神職顕彰之碑

    御創立御沙汰百周年記念
    昭和四十三年五月十日建之
    R財団法人 京都養正者理事長

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.195
    後ろ側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.196
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.197
    こっちの慰霊碑を見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.198
    満州開拓青年義勇隊碑

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.199
    後ろ側を見てみる。
    昭和四十五年三月建之
    京都府満州開拓青年義勇隊碑連絡協議会

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.200
    隣りに碑文があるね。

    (以下、説明板のまま)

    満洲開拓青年義勇隊碑の由来

    この碑は京都府から送出された二千名の満洲開拓青年義勇隊(内地では満蒙開拓青少年義勇軍と呼ぶ)の事蹟を顕彰し殉難隊員慰霊のため建立するものである。

    我が國の生命線と言われた満洲の開拓は日本民族発展の重要國策として推進され、その中核となったのがこの義勇隊である。隊員は歳ようやく十四、五才にして家郷を離れ辺境に新らしい村づくりを志し、大陸に鍬を振い銃を執って食糧増産と北辺鎮護に挺身したのである。 しかるに昭和二十年八月敗戰によって建設の夢破れ、戰乱の大陸を砲火に追われ飢えと病の死の避難行となり五百名の隊員は夏草の下、凍土の上に斃れて未だ帰らず戰後二十五年を経たのである。

    かつて大陸開拓に寝食を共にした同志拓友相はかり各方面の協力を得て、靖國の神となり護國神社に合祀された霊山の聖地を選び拓魂安らかに鎮まり、永遠に祖國の平和と繁栄を守り給えと祈るものである

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.201
    後ろ側を見てみる。


    「京都府送出満洲開拓青年義勇隊」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.202
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.203
    こっちの慰霊碑を見てみよう。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.204
    近くで見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.205
    碑文を見てみる。


    駆逐艦長波
    慰霊碑

    昭和十九年十一月十一日
    レイテ島オルモック湾に於て戦歿乗組員
    二百四十七柱

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.206
    こっちに説明文があるね。

    (以下、説明板のまま)

    駆逐艦長波の航跡

    長波は一九四二年六月三十日大阪藤永田造船所で竣工同年八月北方キスカ島へ船団護衛九月南方、 トラック島へ向う第二水雷戦隊の一艦としてショートランド基地として、ガナルカナル島の陸軍部隊を支援十数回にわたる輸送を遂行同年十月南太平洋海戦、十一月にはルンガ沖夜戦にニ水戦旗艦として参加、 一九四三年再度北方艦隊に編入アッツ島支援及びキスカ島の撤収作戦に従事す。この作戦で船体を損傷し 修理のため母港舞鶴に帰港修理後九月に南下ラバウルを基地として、ブゲンビル島沖海戦その他の各海戦に参加、 十一月十一日ラバウル港における対空戦斗で被弾し航行不能となり、巡洋艦夕張及び長良の両艦に 延々五千海里を曳航され、呉軍港に入港修理後、翌年七月連合艦隊と共にシンガポール港に入港、 10月ブルネイ港を経由レイテ島沖海戦に参加、十一月マニラとレイテ島間の物資輸送護エ作戦行動中オルモック湾において米空母艦載桟三百五十余機と交戦激烈な対空戦斗の末ついにオルモック湾に戦没する。

    戦没者 二百四十七柱
    時刻十二時四十五分
    東経124度31分
    北緯10度50分

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.207
    碑の後ろ側を見てみる。

    「長波戦歴」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.208
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.209
    あそこに大きな碑があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.210
    門柱を見てみる。
    何か文字が刻まれているようだけど、風化して読めないクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.211
    こっち側の門柱も見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.212
    う~ん、はっきり読み取れないクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.213
    大きな碑を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.214
    碑文にズーム。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.215
    碑文の上部にズーム。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.216
    後ろ側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.217
    横にある小さな碑を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.218
    後ろ側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.219
    では、墓地内を散策するクェ。
    あそこに看板があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.220
    「高知県招魂社」って書いてあるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.221
    高知県招魂社。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.222
    次の場所に行ってみよう。

    あれは何だろう・・・。説明板があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.223
    石柱。風化して読めないクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.224
    小さな鳥居のようなものがあるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.225
    「天誅組の人々」についての説明文。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.226
    近くで見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.227
    あっちには、墓柱がきれいに並んでいるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.228
    あそこに大きな石碑があるクェ。説明板も設置してあるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.229
    「安政の大獄と頼三樹三郎・梅田雲濱ら志士」についての説明板。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.230
    正面から眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.231
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.232
    あそこに人がいるね。もしかしてあそこが坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓かな?

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.233
    正面から見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.234
    説明板を見てみる。

    「坂本龍馬・中岡慎太郎の最期」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.235
    手水場もあるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.236
    手水場で手口を清めるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.237
    あそこに2つの墓柱があるね、坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓だね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.238
    近くで見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.239
    縦にして撮ってみる。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.240
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.241
    あそこに銅像と碑文があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.242
    坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.243
    碑文を見てみる。


    贈正四位坂本龍馬先生
    贈正四位中岡慎太郎センセイ
    銅像銘

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.244
    坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像と一緒に、記念写真を撮っておこっと。

    ハイ、チ~、クェッ!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.245
    近くでもう一枚、

    ハイ、チ~、クェッ!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.246
    ナナメから見てみる。
    あの二人の銅像は、何を見ているんだろう・・・。おいらも見てみよっと。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.247
    お~、京都市内が一望できるクェ。

    坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像は、京都市内を眺めていたんだクェね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.248
    ここから、坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像と京都市内を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.249
    坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓には、絶え間なく人が訪れているクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.250
    坂本龍馬と中岡慎太郎の墓柱。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.251
    ここに説明板があるね。

    「池田屋事変」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.252
    では、再び霊園内を散策するクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.253
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.254
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.255
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.256
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.257
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.258
    ここは何だろう・・・。入ってみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.259
    あそこに説明板があるね。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.260
    「岐阜県招魂場」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.261
    あっちは何だろう・・・。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.262
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.263
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.264
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.265
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.266
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.267
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.268
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.269
    「熊本招魂神社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.270
    この上に行ってみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.271
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.272
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.273
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.274
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.275
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.276
    「福岡藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.277
    あっちに行ってみるクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.278
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.279
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.280
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.281
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.282
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.283
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.284
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.285
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.286
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.287
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.288
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.289
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.290
    「鳥取藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.291
    「水戸藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.292
    「水戸藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.293
    「水戸藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.294
    「水戸藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.295
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.296
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.297
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.298
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.299
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.300
    「桂小五郎・幾松 墓所」の説明板。


    ※「桂小五郎」は「木戸孝允」のことだクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.301
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.302
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.303
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.304
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.305
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.306
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.307
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.308
    「桂小五郎・幾松 墓所」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.309
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.310
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.311
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.312
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.313
    「禁門の変(蛤御門の戦い)」の説明文。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.314
    「禁門の変(蛤御門の戦い)」の説明文。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.315
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.316
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.317
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.318
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.319
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.320
    「山口藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.321
    「山口藩招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.322
    「霊山招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.323
    「霊山招魂社」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.324
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.325
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.326
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.327
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.328
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.329
    「殉職自衛隊員之碑は奥へ」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.330
    日の丸が掲げられているね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.331
    殉職自衛隊員之碑はあれだね。


    「慰霊」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.332
    合掌。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.333
    「殉職自衛隊員之碑」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.334
    後ろ側を見てみる。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.335
    殉職自衛隊員之碑

    京都府民自衛隊員の協力をもってこれを建つ

    昭和四十六年六月二十日
    隊友会京都府支部連合会
    題字 会長木村篤太郎 書

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.336
    「慰霊碑整備事業」の説明板。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.337
    ななめ後ろから殉職自衛隊員之碑を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.338
    日の丸がたくさん!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.339
    京都霊山護国神社の霊園を散策中。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.340
    京都霊山護国神社の本殿に戻ってきたクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.341
    京都霊山護国神社周辺の地図。

    では、そろそろ帰るクェね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.342
    大鳥居が見えて生きたクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.343
    大鳥居をくぐり、振り返って見てみる。
    大きいね!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.344
    では、バス通りに向けて下って行くクェ。

    昔ながらの建物が並んでいるね。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.345
    いいね!

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.346
    バス通り前の大鳥居に到着~!

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.347
    「昭和十四年三月建立」

    京都霊山護国神社 (京都)


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    No.348
    こっちから眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.349
    「昭和三十年十月建立」

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.350
    バス通りを渡り、振り返って大鳥居を眺める。

    京都霊山護国神社 (京都)

    No.351
    大きい鳥居だクェ。

    ちなみに、この大鳥居の向かい側(今、おいらがいる所)には、「縁切り神社」として有名な「安井金比羅宮」があるクェ。

    この安井金比羅宮(縁切り神社)を訪れた時の様子は、下記リンクを参照してクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

  • Go!Go!キョロちゃん (Vol.800) 「縁切り神社」として有名な 安井金比羅宮に行ってみよう (京都)




  • No.352
    近くにあるバス停。
    京都霊山護国神社を訪れるば場合は、この「東山安井」バス停で下車すると便利だクェ。


    ※(ご参考)
    これまでに日本や世界各地の日本人墓地、慰霊碑、神社跡、史跡などを訪れた時の様子は、下記リンクを参照してクェ。

    京都霊山護国神社 (京都)

  • Go!Go!キョロちゃん (Vol.M-011) 日本や世界各地の日本人墓地・慰霊碑・日本人町跡・歴史遺構など まとめページ (メニューページ)





  • 上記Webページに掲載した各Webサイト(リンク)の一覧だクェッ!!!。

    Link
    京都霊山護国神社の公式HP
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    銅閣寺は存在する!大雲院・銅閣寺
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